日本語自由帳

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4年間の研究室活動を終えました

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はじめに

大学は4年間、大学院は2年と1年。 就職活動がうまくいかず1年留年しましたが、昨日無事に学位をいただき、卒業することができました。 もう今週末から4月、新年度、社会人です。

ということで、学生と社会人の間にいる今のうちに今年度を振り返ろうと思い記事を書くことにしました。 また卒業ということなので、軽く自分の大学・大学院生活も振り返ってみようと思います。

前期の就職活動(4月〜9月)

余分にはみ出た1年というのは辛く苦しい戦いでした。 前期の半年は休学をいただき、就職活動に専念しました。 先の見えない就職への不安と、迫り来る就職活動の期限に常に迫られていました。

「いつ就職できるの?」

「今年は就職できそうなの?」

「面接は順調?」

これらの言葉がとても怖く、心臓を握りつぶされる思いでした。 ただ幸いにも周囲にはそうプレッシャーをかけてくる人がいなかったので、昨年度とは視点を変えて就職活動に取り組めたと思います。 その結果、夏には内定をいただき、後期は就職について心配することなく研究室活動に専念することができました。

後期の研究室活動(10月〜3月)

後期はとにかく「直接、研究室活動に関わらないようにする」という思いで活動していました。 やはり現役(というのも変ですが)の修士1,2年の学生がしっかり学部4回生の指導をしてほしいので、後期も最初は週に1,2回程度訪れて、ゼミやミーティングに参加していました。

しかし、秋から冬に変わる頃、研究も本格的に始まる頃にだんだん研究室内に広がる溝を感じ始めました。 この原因は「昨年度が非常に良い環境だったから」ということからでした。

確かに昨年度は私の4年間の研究室活動上で良い環境と人がいたように思います。 今年度もその環境を維持したいという思いから現役の修士生が一生懸命考えて、昨年度にやっていたことを取り入れて、学部生となかよくしようとしていました。 しかし、その時の学部生は「イマドキの若者」のように、そういう手厚い歓迎をむしろ嫌厭していたようにも見えました。 そして研究室にあまり来なくなり、研究室に来ても誰にも疑問をぶつけることなく、1人で悩み、そそくさと帰ってしまうようになっていきました。 修士生はできる限り指導をしたいけど、コミュニケーションが取りづらい、そもそもコミュニケーションすらとれない状況で、指導できない腹立たしさを抱えていました。

さすがにその辺りから(大げさかもしれませんが)研究室崩壊の危機が見え始めたので、私も動くことにしました。 といっても、今まであまり関わりがなかった学部生と他愛のない話をすることから始まりました。 あとは修士生には「ミーティングで自分の後輩の話をしっかり聞いてあげる、理解してあげる」ことを大事にすることを伝えました。

卒論が近づくと、私は学部生の実験にとことん付き合いました。 実験をすることで(本当はよくないのですが)どのような研究をしているのか、この実験からどのような結果を得たいのかを知ることができたからです。 もちろん、実験は何も考えずに純粋な気持ちで参加しました。 そこから卒論を読んで、教授に言われる前に書き方の説明、何を伝えたいのかを本人たちに丁寧に、ひとつずつ確認させることで、卒論をどのように書いていけばいいかを”段階的に”説明することにしました。

昨年度の私は後輩に一度に1から10を説明していたような気がします。 もしかしたら最初から5ぐらいまで飛ばして説明していたのかもしれません。 でも最初から10まで理解できる人はなかなかいないということに気付きましたし、もし自分が説明を受ける立場ならほとんど分からないだろうなと思いました。 そこで、今年度は最初は1,2程度、次は3,4…と段階的に教えることで理解しているかどうかを会話で確認しながら次のステップに進むことができました。 また後輩の様子を見ながら"どの段階にいるのか"に気付くことができました。 これも塾講師のアルバイトをやっていたからかもしれませんね。

指導もしながらご飯を作りました。 みんなが気付かないことを率先して取り組むことで、信頼を得ることもできたように思えます。 その結果、学部生は全員無事に卒論を出し終え、最初はあまり好きでなかった研究室も「来年の修士もここにいたい」と言ってくれるようにまでになってくれました。

当たり前ですが研究室に在籍する学生は毎年変わります。立場も変わります。 なので研究室の色も変わります。 青に黄色を混ぜると緑になりますが、必ずしも次の年の色も青になるとは限りません。 研究室の色をじっくり観察し、それに合った色を混ぜることが大事になると痛感させられた後期だったように思えました。

大学・大学院生活を振り返って

7年間大学にいましたが、正直大学の3年は単位を取るだけに通っていたような気がします。 その証拠に一般教養の授業なんかまるっきり覚えてない。 覚えているのはC言語の知識だけのような気がします。 まぁそれさえ残ってちゃんと成熟してくれれば全然問題ないんですけど。

やはり後半4年の研究室生活が自分の人生をガラリと変えてくれたような気がします。 と言うと書ききれないほどたくさんあるので、ここでは割愛します。 でもひとつ言えることは「これまでの人生の中で最高の環境だった」ことだと思います。 同期にしろ、先輩後輩にしろ、先生にしろ、自分がやりたいことはやらせてくれた。 自由に色んなことができて、その結果たくさんの経験を手に入れることができました。

小中高大と学校があまり楽しくなかったのですが、研究室に入って苦労しながらも自分の中では本当に楽しむことができたと感じています。 私が4回生の時の修士2回の先輩から、今の4回生の後輩まで。 そして4年も面倒見てくださった先生方には感謝の気持ちでいっぱいです。

ようやく社会に出ます。 私は意識高い学生ではないので

「世の中を変えてやる!」

とは言いません。 自分の会社の中で改善できそうなことをどんどん改善していこうと思います。 現在、内定者アルバイトで平日はフルタイムで働いているのですが、社内の様子を見ていると

「ここ、いつか自分の手で直せるようにしたい」とか

「これきっともっとこうすればいいのにな」とか

思うことがあります。 どうせ社会人は長いので、直せるときにゆっくり直していこうと思います。 とまぁこんな気持ちで取り組んでいこうと思います。

「よそはよそ。うちはうち。」

と最近誰かが言っていたような気がします。 確かに隣の芝生は青いのかもしれません。 でもまずはうちの周りから、自分の手で綺麗にしていくことで、よそにもこっそり自慢できるような会社にしたいなと考えています。

そんなわけで、うるるさん大学院卒業です。